現代は、親が子どもをコントロールできる、と思いすぎてるんじゃないでしょうか。
思うようになることが増えすぎて、みんな錯覚をおこしてるんですね。何もかも思い通りに動かすヤツが強いとか偉いとか思っている。そういう傾向は、現代社会ではすごく強いと思いますけど。
近代科学が発達して便利なことがありすぎるから、上手にやったらうまいこといく、とみんな思っている。
それをベースにしているから、子育てが思い通りにいかないと、イライラするんですね。
機械は上手に動かせば、思い通りになる。だからマニュアルを知ることが大事なんです。
けれど、ひとりの生きた人間を育てるのは機械を扱うのとは違うから、いろいろ難しいのが当たり前。
子どもというのは思い通りにいかないもんだ、と初めから知っていたら「うちの子も好きにやってるわ」って思ってそれで終わりなんです。
「上手に子育てしてたら、思い通りになる」というのは、完全に迷信です。
世の中に下手な子育てはあっても、どんな子にでもあてはまる子育てというのはないんです。
下手な子育てというのは、親がいつも怒っているとか、子どもをほったらかしにしてるとか、食べ物を与えないとか、いろいろあります。
でも、みんなに共通の便利な方法、よい方法、というのはない。
だいたい便利な方法なんてたいしたことないですよ。
そういう意味で、たとえば氏神さまに親子でお参りしたりするのは、案外意味があります。
どういうことかと言ったら、神様にお参りするということは、「何もかも『私』がやって、何もかも『私』が上手にできます、なんてことはありません。」ということの表明なんです。
私さえ上手にやったらうちの子はうまく育つ、そんなものじゃない。
誰かの助けがないとダメなんだ、つまり「私は人生を100%把握している存在ではありません」と認めているんです。
とにかく、相手は子どもで、生きている存在なんです。こちらの思い通りにいかないのが生き物というものでしょう。考えてみたら、犬でもネコでもそんなに思い通りにはならないし、植物だって、いつもいつも思い通りに花が咲くものではない。ましてや人間の子どもが思い通りになるはずがない。
ところが、自分の子どもというと、どうしてもなんか思い通りになりそうな気がするんですね